本文へスキップ

いきがい大学東松山学園 2011年度4月入学生のページです。

ふるさと伝承科のページNEWS&FAQ

新着情報

2012年 3月20日
「第3回親睦会」の報告を掲載しました。
2012年 3月 2日
「ふるさと伝承科の1年を振り返って」を掲載いたしました。
2012年 2月 4日
「新年会報告」を掲載いたしました。
2011年 11月26日
学園祭の記録を掲載いたしました。
2011年 10月28日
『県立嵐山史跡の博物館見学』を掲載いたしました。
2011年 10月14日
鎌倉街道の第2弾を掲載いたしました。
2011年 10月11日
課外授業 鎌倉街道を掲載いたしました。
2011年 10月11日
交流宿泊研修の報告を掲載いたしました。
2011年 7月25日
クラスの紹介を掲載いたしました。

記事

第3回親睦会

 H23年度終了式後、東松山市内の「あづま家」にて、山口さんの送別会と親睦を兼ねて開催された。
 第3班田嶋班長の司会により・原嶋自治会長挨拶・長南さんの乾杯に始まり、その後は美味しいお酒をおおいに飲み/談笑し/歌い/ダンス/マジックと芸達者の皆さんのお陰で盛大な会となり、3時間が『アット』過ぎてしまい、一年間の反省を忘れてしまった皆さんでした。
 この調子で、来年度も楽しい仲間と素晴らしい学園生活が過ごせそうです。
 こんな中「ふるさと伝承」の太陽・辛口の山口さんが退学され、28名になってしまい寂しい限りです。
 山口さん御元気にお過ごし下さい。

 第3班幹事の皆さん御苦労様でした。

望月 記



ふるさと伝承科の1年を振り返って

島田 精一

 昨年桜の舞い散る4月15日に入学式がさいたま文化センターで行われてから、あっという間の1年であったと皆さんも思っておられる事と思う。
この間、HP委員の御努力で我が「ふるさと伝承科」の以下の記事が8回掲載されているので詳細は省略。
4月15日 入学式。4月21日 始業式。5月19日 懇親会(於 福登富)。9月28・29日 4学園交流宿泊研修。 10月6日 第1回校外学習(毛呂山町歴史民俗資料館)。10月20日 第2回校外学習(県立嵐山史跡の博物館)。11月13日 第26回学園祭。年が明けて2月2日 新年会(於 紫雲閣)。
 学園祭ではスローガンに山下さんが選ばれ、開会式で賞状賞金が授与された。演目の一つB班の「オクラホマ・ミキサー」は裏方のマジックハンドで、音出しが不調で不完全燃焼のまま、幕を閉じる結果となってしまい、女装の約2名の迷ダンスをお見せ出来なかった事は返すがへすも心残りであった。
 そんな不完全燃焼を振り切ろうと、嵐山町のバーヴェキューセンターで11月17日に盛大なご苦労様会を行った。食材担当者の適切な食材調達、男性陣も普段の学園では見られない火起こしから調理の技を遺憾なく発揮し、アルコールも入って満腹。腹ごなしに、河原に出て、「ぼたん音頭」と「オクラホマ・ミキサー」を踊ったのだが、河原の石に気を取られてか、音量不足か、橋の上の観客からは拍手が起こらなかった。その代わりに山口さんが用意してくれた青春歌詩カードで思う存分合唱が出来た。

 来年度前半の最大イヴェントである「課題学習」に向けて、A、B班鳩首協議してテーマ選定にあたっている昨今である。課題学習を通して、さらに仲間意識が強くなって行く事、請け合いである。



ふるさと伝承科 新年会報告

 第27期ふるさと伝承科の「新年会」を2月2日(木)午後5時より「紫雲閣」で開催しました。

 開会の辞では島田代表から、今年の最大重要な学習である、「課題学習」は皆さんの結束と協力で素晴らしい「課外学習」にまとめ頂きたいとの挨拶有りました。

 その後、深澤さんの乾杯で始まり、マジック27のマジック・カラオケ・ダンスと若々しく・元気に・おおいに飲み・談笑する事ができました。これを糧に「27期ふるさと伝承科」の素晴らしい「課題学習」のまとめが出来るでしょう。

 増矢幹事長と4班の皆さんの協力により楽しく終わりました、幹事の皆さん有り難う御座いました。



学園祭のこと

ふるさと伝承科 佐藤勝治 

挨拶をする清水さん

 東松山学園 2年制 第26回学園祭が11月13日(日)学園で開催された。当ふるさと伝承科の学園祭の出し物は、夏休み前にクラスで委員を決め横山さんを中心にまとめた。
 色々意見が出たが持ち時間が15分程度なのでクラスでは2つの演目とし、それぞれの係りは山口さんと和田さんとし、クラスを半分に分け、A班は和田さんで東松山音頭、B班は山口さんでマルモリ体操とそれぞれにした。
 練習は夏休みが終わってから始める事とし、夏休み後に授業の無い月曜日と授業日に早出し練習に励んだ、小生は東松山音頭の方であつたが、当初は和田さんから教わりながら始めたが、中々手と足が上手く動かず心配したが、10月中旬より皆何とか様になるようになってきた。
 山口さんのマルモリ体操は、動きが早く小さな子供であれば良いのであるが、年配者には難しいとの事で、曲目を変更しフォークダンスのオクラホマミキサーとした。練習は男女ペアーになって踊るので、所作を合せるのに苦労していた様であった。
 本番当日最初に、A班で祭の法被を着東松山音頭を踊ったが、皆間違いなく踊れたと思う。

A班の東松山音頭

 B班のオクラホマミキサーは衣装も凝っていたが、CDの調子が悪く終わる途中で音楽が切れてしまったのが残念であった。

B班のオクラホマミキサー

一所懸命苦労した結果であるが、楽しい学園祭であった。

 →学園祭記念コラージュ(小出さん 作)

以上



校外学習:ふるさとの人物に学ぶ・『県立嵐山史跡の博物館見学』

10月20日 13:20 〜 14:45    青山 昇(記)

 10月6日は、先週に引き続き地域創造科の皆さんと一緒にふるさとの人物《畠山重忠》≠フ第2週目の講義で、郊外学習として《畠山重忠》ゆかりの地である『県立嵐山史跡の博物館』に於いて、「菅谷館跡地」の現地見学となる。
 最初に資料館内にて、博物館 学芸主幹 鈴木秀雄先生から、菅谷館跡≠ノついて講義を受け、その後、搦手門跡 → 三ノ郭 → 西ノ郭 → ニノ郭 → 本郭 と巡り、現地での講義になりました。

《菅谷館跡》  現場説明文より
 鎌倉時代、畠山重忠が文治2年(1187)まで居住していたと言われています。元久2年(1205)、武蔵国二俣川の合戦の際は、重忠はこの館から出発したと「吾妻鏡」に書かれている。また長享2年(1488)に山内上杉と扇谷上杉が須加谷原で戦い、戦死者700人、馬数百匹が倒れる激しい戦いがあったと、記載されている。

 現在の遺構は、本郭・二の郭・三の郭などと、それらを防御する土塁、空掘りなどからなり、この様は姿になったのは戦国時代のことと考えられます。
 現在、畠山重忠がこの菅谷館跡に住んでいたと言う『確かな証拠遺跡』は、発見されていないとの事でした。



郊外学習:毛呂山町歴史民俗資料館・鎌倉街道見学

10月6日 13:15 〜 14:30

 10月6日の郊外学習は、『毛呂山町歴史民俗資料館』に於いて、《鎌倉街道》の講義・現地見学となる。昼食後、班中心に分乗して13:10頃に、現地に集合する。
 まず、資料館に展示物してある《鎌倉街道・延慶板碑》について資料館員・佐藤先生の講義を受ける。

《鎌倉街道》 資料館説明文より
 いわゆる鎌倉幕府の御家人が「いざ、鎌倉」と、地方から馳せ参じた道で、鎌倉時代から戦国時代までの関東武士の歴史を物語る道である。特徴は、高低差の少ないなるべく平坦な所を選び、部分的には曲がっていても全体としては直線的な最短距離となる様に設計された道である。《鎌倉街道》と言う呼び名は、江戸時代以降のもので、当時は、「奥大道」「上道(かみつみち)」「下道(しもつみち)」と言われた。

《延慶の板碑》 毛呂山町教育委員会資料より
 毛呂山町川角「崇徳寺跡」に建立されていた《青石塔婆》である。が、文化財保護のため、昭和37年現在地に移転された。移転時、2個の骨壺が確認され、また碑文から延慶三年(1310年)建立と、建立理由を『仏教の信心厚い大檀那の行信と、朝妻氏の娘とが、この世で安楽に暮した土地であり、死後も同じ場所で安らかに眠る良い土地であるから、その印にこれを立てる』と言う内容が板碑に刻まれている。

 資料館内での講義の後、現場見学と言う事で外へ出る。毛呂山町を通る鎌倉街道は上道(かみつみち)と言い、数ある鎌倉街道の中で現在残っている伝承地や街道跡、遺構などを結ぶと相模の鎌倉から上野の国府(現在の前橋市)まで繋がります。この上道は関東に残る鎌倉街道の中でも道筋がはっきりしていることや、歴史の舞台として文献などにも地名が登場しているところが多いことから、もっとも確実性の高い鎌倉街道なのです。そんな事でここ毛呂山町の街道跡はその往時の姿を残す貴重な所との事です。

 佐藤先生から、鎌倉街道の歴史・特徴・現在の姿、等の講義の後に、100mほど離れた所にある崇徳寺跡≠ノ案内される。この跡地は、鎌倉街道より若干高台になっており、《延慶の板碑》も、基々はこの地に有り、それを現在地に移動したとの事であった。その時点で、板碑に関する発掘調査は済ませるも、崇徳寺跡≠フ調査は未だ行われていない、との事でした。


崇徳寺跡≠ゥら、《延慶の板碑》移設地の見学。

 何百年もの長い間、武蔵野の雑木林に守られて来た鎌倉街道・崇徳寺跡・延慶の板碑及び付近にある何基もの古墳は、どんな思いを込めて造り、後世に生きる我々に何を語ろうとしているのだろうか?
 佐藤先生に『古代人の生活と夢を探る』を教わりました。



『ふるさと伝承科』課外授業(鎌倉街道)

平成23年10月6日午後から、毛呂山町歴史民族資料館と旧鎌倉街道の見学を
資料館の佐藤先生からの丁寧な説明を聞きながら現地を散策した。

毛呂山町歴史館内で佐藤先生から鎌倉街道について資料を見ながら説明を受けている
鎌倉街道を散策しながら、佐藤先生の説明を真剣に聞き入る生徒。


『ふるさと伝承科』交流宿泊研修会

平成23年9月28.29日、埼玉県県民活動センター
いきがい大学の四学園合同(東松山・伊奈・鴻巣・熊谷)交流宿泊研修が実施された。

一日目

受付後13時半、みんな少しよそ行きな顔で集まり始めました。
オリエンテ−ションがあり東松山学園から26名・総勢96名で研修が開始された。


「埼玉の民謡」の座学は、大島先生が埼玉各地に伝わる歌詞を交え楽しく講義されました。
 講師の大島先生が津軽三味線の弾き手澤田勝玲さんと名を変え十二分に素晴らしい津軽三味線の音色を奏で、最後に4学園の仲間が歌い手、踊り手になり 秩父音頭が演奏されました。

 夕食では各班が他の学園の同じ班で一つのテ−ブルを囲み食事を取りながらの懇親会で それぞれの交流を行いました。その後私達宿泊した20余名は303号室に全員集合し、 松山学園だけの宿泊研修会行い第1日目は終わりました。
二日目

 セミナホ−ルで9時から始まり、各学園の志向を凝らしたプログラムにより合唱合奏、 映像による行事やらお寺の魅力が発表され、松山学園は「出会いの山脈」を発表し2日間の交流研修は終了しました。
 4学園が一同に会すると言う意味では、一つの目的は果たせたと思います。

松本広報誌副部長筆



ふるさと伝承科の仲間たち

  4月15日の入学式に続いて、21日にはじめて東松山の校舎で、全員が顔を合わせた。31人、正に多士済々、才女に溢れ、学習意欲に満々の意気込みが感じられた。班長選出には、初顔合わせであり話し合いあり、阿弥陀くじ有りで、ごく自然に決定を見た。川越学園、東松山学園専科出身者が多く、学園の運営を経験していて、役割分担も積極的に取り決められた。
 5月19日には、積極的に和田さんが幹事役を引き受けてくれ、市内「福登美」で早速第1回の懇親会が開催された。顔と名前が一致しない中、歌あり、ダンスあり、手品あり皆でクラスを盛り上げる見事なチームプレーに10年の知己の感あり。
 6月2日の校外学習は、わずかな準備期間にも関わらず5人の副班長が智恵を出し合い「戦国武将ゆかりの郷めぐりと手漉き和紙づくり体験」と題して小雨の中実行された。多士済々ぶりはここでも発揮され、菅谷の「嵐山史跡博物館」、「安岡正篤記念館」では清水さんの伝手で学芸員の懇切な説明を受ける事が出来た。木曽義仲誕生の班渓寺、義仲が産湯をつかった鎌形八幡神社の湧水等を、大井さんが事前に用意されたプリントを参考に説明を受け見学した。その後、車に分乗して「埼玉伝統工芸館」に向かい昼食後、紙漉き体験をし、後日見事な押し花葉書や和紙作品が届けられた。
 専門課程の講義では、「埼玉の歴史」を4回 城西大学講師の菅谷先生から、実体験を交えた博学振りの講義を受け、平安時代から武蔵武士の活躍を知った。「埼玉の民俗行事」と題してさいたま民俗文化研究所長の大舘先生からは3回 春夏秋冬の民俗行事のお話を聞き、正にふるさと伝承科にぴったり、もう少し時間をかけて講義を受けたいと思う事しきり。
 しかし、クラスの仲間の博学振りを知るにつけ、自前講義が出来るのではないかと思う昨今である。

  (クラス代表)島田 精一

     

バナースペース

課題学習のページ
第27回学園祭
  

彩の国いきがい大学東松山学園

〒355-0072
埼玉県東松山市石橋1587

TEL 0493-22-0295
FAX 0493-22-1648

\